2017年3月5日「リーダーに必要な祈り」(聖書 マタイ5:13〜16、中心聖句 ピリピ4:6〜7) ( 3.8/2017 )
説教者:横田法路師

聖書 マタイ5:13〜16、中心聖句 ピリピ4:6〜7

マタイ
5:13 あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。
5:14 あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。
5:15 また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。
5:16 そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。

ピリピ
4:6 何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。
4:7 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。


 リーダーとは、影響を与える存在です。私たちは、家庭、職場、社会において何らかの影響を与える存在です。神様は、クリスチャンをこの世におけるリーダーとして立てて下さっています(14)。リーダーに必要な祈りとは、私たちそれぞれが必要な祈りなのです。良い影響を与える存在として、選んで下さったのです。影響を与える場合、影響の広さ(ex.総理大臣)と深さ(ex.母親)があります。たとえ一人だけに対してでも、深い影響を与えるような、世の光、地の塩として選ばれ、大切な役割を与えられているのです。

 良い影響を与えて行くために必要なことは祈りの生活です。内側が恵まれていなければ、悪い影響を与えてしまうことがあるからです。内側が恵まれ、きよめられ続けていくためには、祈ることが必要なのです。

 祈りとは、神様との対話です。創造主、王の王、主の主、全能者であり父なる神様との対話です。神様がどんなに素晴らしい御方であるか、私たちが理解していなければ、特権であるはずの祈りが義務感となってしまいます。私たちの悩みや願いを神様に申し上げる時、神様が応え、励ましの言葉をかけて下さるのです。祈りは素晴らしい喜び、特権、祝福なのです(詩50:15)。また、祈りとは呼吸です。一回呼吸すれば良いのではなく、呼吸し続けなければならないように、祈り続けなければなりません。

 リーダーに必要な祈りとはどのようなものでしょうか。

1.神の知恵を求める祈り(箴言19:21)
 リーダーは決断していかなくてはなりません。私たちの経験や考えが大事なのではなく、神の御旨を求めていくことです。主を怖れ敬うところから、真の知識、御心が与えられるのです。マリヤのように主の足許にひれ伏し、神様の御言葉を聴く姿勢が大切です。

2.神の力を求める祈り(箴言21:1)
 時の権力者であっても、主の御手の中にあるのです。人を恐れるのではなく、恐れるべき御方は神様だけです。「神を恐れ、人を恐れず、人に仕える」。恐れからではなく、愛を動機として自由に人に仕えるのです。そのような力を求めていくことです。

3.神の愛を求める祈り(ピリピ4:6-7)
 愛の心を与えて下さいと祈って参りましょう。聖書が教える愛とは、自分の利益を求めるのではなく、相手の究極の益のため、自分自身を与えていくことです。時には与えないことが愛の場合もあるでしょう。このような神の愛は、私たちの中に本来ないものですが、そのために主は聖霊を私たちの内に送って下さいました。「臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊(Uテモテ1:7)」を下さったのです。聖霊が私たちの内におられますから、目の前の状況で不安になる必要はありません。内なる聖霊に信頼し、一歩踏み出してまいりましょう。

 私たちの周りにも悩み苦しみの中にいる方がいらっしゃるかもしれません(ルツ1:19-21)。傷ついた魂に寄り添い離れず、愛を与えて参りましょう(15-17)。聖霊=パレクレートス(傍らに呼び出されて立つもの)です。そのような存在として、用いられるものとなりたいものです。その場から離れず寄り添うこと、そこに神の愛をあらわしていくことができるのです。主の御翼の下、十字架の御許に身を寄せる時、主の愛、アガペーの愛が与えられます(2:12)。その愛を頂いて、悲しみの中にいる方の下に遣わされて参りましょう。

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