2017年4月2日「豊かに実を結ぶ生涯」(聖 書 ヨハネ15:1-11、中心聖句 ヨハネ15:5) ( 4.6/2017 )
説教者:横田法路師

聖 書 ヨハネ15:1-11、中心聖句 ヨハネ15:5

ヨハネ
15:1 わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。
15:2 わたしにつながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。
15:3 あなたがたは、わたしが語った言葉によって既にきよくされている。
15:4 わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。
15:5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
15:6 人がわたしにつながっていないならば、枝のように外に投げすてられて枯れる。人々はそれをかき集め、火に投げ入れて、焼いてしまうのである。
15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。
15:8 あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう。
15:9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい。
15:10 もしわたしのいましめを守るならば、あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである。それはわたしがわたしの父のいましめを守ったので、その愛のうちにおるのと同じである。
15:11 わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。


 今日の私たちは、仕事と家庭のバランス、様々な問題に対する決断など複雑な社会に生きているように見えますが、私たちの人生は、とてもシンプルなものなのです。豊かに実を結ぶ生涯の秘訣とは実は一つです。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである(5)」。大切なことは、イエス様と繋がっているかどうかとういうことなのです。
 私たちの人生は、仕事、家庭、教会、その他いろいろなことが別々に区分されてしまっています。その中でどのようにバランスを取り、決断していけば良いか、試行錯誤しながら毎日生活しているのではないでしょうか。しかし、その中心にイエス様を置き、その周りに全ての営みがあるならば人生はとてもシンプルになります。イエス様に100%従って歩んで行けば良いのです。健全に豊かな実を結ぶ生涯とは、イエス様にいつも従って歩んで行くということです。どこにいても、何をしても、イエス様に従って行くならば、豊かな実を結んでいくのです。ここに全ての秘訣があるのです。私たちを愛し、良き計画を持ち、全知全能の天の父なる神様が全てを導いてくださることでしょう。イエス様中心の生活を送って行くと言うことは、朝毎にイエス様との交わり(祈り時間)を持ち、力を頂き一日一日を歩んで行くことです。
 神様の御心をどのように悟っていけば良いのでしょうか。私たちの行動が、神様の原則、聖書が教えている原則、神様のご性質と合致しているかどうか、確かめながら歩んで行くことです。御言葉と実際の生活が矛盾していないか確認することです。聖書の原則とは合致しているけれど、具体的にどのように選択していけば良いか迷うこともあるでしょう。その時は、神様の御前にその問題を持ち出し、祈って行くことです。神様に全てを明け渡し、神様が示されたならば従って行くことです。たとえ、その時は益になろうと、不利益になろうと、犠牲を払うようなことであっても、従って行くという決断をしていくことです。神様が何を望んでおられるか祈って行くことです。神様の細き御声が聴こえるように、自分の意見・考えに凝り固まってしまわないことです。神様に祈り、明け渡し、御声を聴こうとして歩んでいく時、霧が晴れていくように、神様の御心がわかるようになっていくことでしょう。祈りの中で決断し、最善をなそうと歩んでいく時、神様が全てをご支配してくださっていますから、たとえ、その時は失敗したとしても、神様が良い方向へ導いてくださることでしょう。人生のどんな局面を通っていくとしても、平安の中で歩んでいくことができるのです。
 また、私たちの働く動機が大切です。他人の眼を気にして恐れからではなく、愛が動機でありますように(マタイ6:25-27)。恐れ、不安、思い煩いからは、何も良いものは生み出されないのです。不安がやってきた時には、何をしていたとしても一度手を止め、祈り、平安が与えられてから再開することです。私たちは、神様から十字架の愛をいただいたお互いです。私たちの行動の動機が恐れからではなく、愛が動機となりますように(Tヨハネ3:16)。完全な愛は恐れを締め出します。神様からいただいた永遠の完全な愛で他の人を愛し、仕えて参りましょう。

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