20170430「神の国の礼服」聖書ガラテヤ3:26-27、中心聖句ガラテヤ3:27 ( 5.7/2017 )
2017/04/30 「神の国の礼服」 説教者:横田法路師
聖書 ガラテヤ3:26-27  中心聖句 ガラテヤ3:27

3:26 あなたがたはみな、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである。
3:27 キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。

 状況に応じて適切な服を着るということは大切です。特定の服を着ていないとできない仕事や行けない場所があります。
それでは人はどのようにして服を着るようになったのでしょうか。
1. アダムとエバの最初の服は罪や恥を隠すためのものだった
それまで人は服を着ていませんでしたが、善悪を知る木の実を食べたことにより、人は神に背いてしまいました。その結果、人に罪と恥が入り込んでしまったのです。人は自分が裸であることに気づき恥じるようになってしまいました。人が着た初めての服はその罪と恥を覆うために作られたものでした。しかもその皮の服は動物の犠牲によって作られていたのでした。
 しかし服を着るということには聖書において他にも深い意味があります。
2. 神に仕える召命のためにふさわしい服が与えられる
祭司アロンの服は息子エルアザルに渡されました。これは祭司の働きをするという使命が与えられたということを意味します。王子ヨナタンの服はダビデに渡されました。ダビデは王族の血はひいていませんでしたが、このことは次の王となる使命を予告するものでした。預言者エリヤの服は弟子エリシャへと受け継がれました。その服は預言者の使命が与えられたことを示していました。
このように神様はその人にふさわしい服を与えられます。神に仕え、神の代理として統治する、神の言葉を伝えるための服です。それでは私たちにはどのような服が与えられているでしょうか。
3. 神の国の礼服
イエス様は天国を王様の宴にたとえました(マタイ22:1~14)。そこでは善人も悪人も道行く人すべての人が招かれましたが、1人の礼服を着ていない人は外に追い出されてしまいました。では他の人たちは常日頃から礼服を着ていたというのでしょうか。神様は救いの衣、義の上着を既に備えてくださっていたのです(イザヤ61:10)。最上の礼服はすべての人のために用意されていて、ただ単に着替えるだけでいいのです。
この服は動物ではなく、イエス・キリストの犠牲によって作られたものです。私たちは信仰によってキリストを着るのです(ガラテヤ3:27)。
私たちはこの服を着るだけでなく、子羊の婚宴に参加する時が来ます(黙19:7~9)。神の国の喜びと楽しみの時が来るのです。明日がその結婚式だとしたら今日は何をするでしょうか。楽しみにリハーサルをするのではないのでしょうか。普段着には普段着に、礼服には礼服にふさわしい生活があります。私たちも神の国の礼服にふさわしい生活をしましょう。もちろん完璧とはいかないかもしれません。しかしこの神の国を楽しみにしながら、一歩一歩、予行練習をする生活をいたしましょう。(文責:加藤雄太郎)



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