2017年6月18日 喜びに満ち溢れる 横田法路師 ( 6.21/2017 )
2017年6月18日 喜びに満ち溢れる 横田法路師
聖書 ヨハネ16:21〜24  中心聖句 ヨハネ16:24

アフリカから帰った靴のセールスマンの報告。「売れません。誰も靴を履いていないから」、もう一人は「売れます。誰も靴を履いていないから」。私たちも、同じものを見ていても見方によって違ってきます。新会堂建築が楽しみだという思いと、大変だという思いが私にはありました。「・・・求めなさい。そうすれば、与えられるであろう。そして、あなたがたに喜びが満ちあふれるであろう」(ヨハネ16:24)。この御言葉が与えられた時、私の心は大きく変わりました。必要が与えられることも喜びです。でも、喜びの最大の理由は、祈りに答えられる神様がおられることを体験することです。会堂が建て上げられること以上に、私たちの信仰が建て上げられることが大事です。神様が関心を持っておられるのは、どのような会堂を建てるかということ共に、どのように会堂を建てるかということです。「信仰がなくては神に喜ばれることはできない」(ヘブル11:6)。
新会堂に向けての三つの備え:キーワードは「喜び」
1.祈りの備え 祈りを積み重ねていくこと(ヨハネ16:24)
シャローム教会は祈りによって建て上げられてきた信仰の会堂です。高砂でプレハブの会堂が建つ時、祈りが積み重ねられました。武幸先生が福岡に着任当時、「祈って祈って祈ってするんですよ」と教えて下さった先生がおられました。プレハブの会堂が建った時、「よかったね。やがて会堂はなくなっても、神様が祈りに答えて下さったことはあなたから離れない。生涯の宝となる」と言われたそうです。今度は私たちの番です。私たちが神様に祈って祈って祈って、神様に信頼し、生ける神様を共に味わわせていただきましょう。神様が生きておられることを体験することは信仰の喜びです。一致することが御心です。主の喜ばれる会堂を、主の喜ばれる建て方で建て上げていきましょう。
2.ささげものの備え 「・・・心から喜んでする」(出エジプト35:21)
36章5〜7節を見ると、ブレーキをかけるほどささげられました。強いられてではなく喜んでささげましょう。神様は栄光の富の中から私たちの必要を満たして下さいます(ピリピ4:19)。ささげることができなくても、祈ることはみんなで共にできます。チョン先生は「与えて下さったらおささげできます。だから与えて下さい。このように祈りましょう」と言われました。
3.救霊の備え
 私たちは、会堂が建てば人が来ると幻想しています。会堂が建つ前に、この席がいっぱいになるように祈りましょう。「使徒たちは御名のために恥を加えられるに足る者とされたことを喜びながら出てきた」(使徒5:41〜42)。批判や無関心、辱めを受けた時、その時こそ伝道のチャンスです。イエス様ご自身が、私たちのために最も辱めを受けられました。
結 論  民数9:20〜23
神の民イスラエルは雲の柱、火の柱に導かれつつ進みました。武幸先生が、雲の柱は祈りの柱だと言われました。祈りが積み上げられ、人々が集まり、ささげものが集まり、神様の時が満ちる時、柱は動き出すのです。神様の時が最善の時です。柔軟に従っていきましょう。 (文責 高倉京子)

TOP