〔2〕 わが助け ( 7.13/2006 )
わたしは山にむかって目をあげる。
わが助けは、どこから来るであろうか。
わが助けは、天と地を造られた主から来る。
主はあなたの足を動かされるのを許されない。
あなたを守る者はまどろむことがない。
見よ、イスラエルを守る者は、まどろむこともなく、眠ることもない。
主はあなたを守る者、主はあなたの右の手をおおう陰である。
昼は太陽があなたを撃つことなく、
夜は月があなたを撃つことはない。
主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、
またあなたの命を守られる。主は今からとこしえに至るまで、
あなたの出ると入るとを守られるであろう。
(詩篇121篇)



詩篇の121篇をお開きいたしましょう。只今は聖会の最後の集会でありますが、この121篇は、この聖会を終えて、帰って行かれる方には、確信の書、確信のうたとなることでしょう。確信をもっていただきたいと思うのです。詩篇を勉強しておりますと、詩篇は非常に短い言葉の中に信仰の深み、信仰の内容が盛り込まれているのがよくわかります。この121篇の冒頭も「わたしは山にむかって目をあげる」とあります。これはクリスチャンにとって様々な出来事に遭う時、わたしの助けはどこから来るのであろうか、わたしはどこへ行けばいいのだろうか、ということを感じますね。先生のところへ行くんでしょうか、教会へかけ込むんでしょうかと、色々なことがわたしたちには考えられるでしょうが、ここでは、「わたしは山に向って目をあげる。」山とは何でしょうか。

同じ詩篇125・1-2を読んでみましょう。この御言のようにエルサレムは、高いところにあります。詩篇121は都詣での歌ですから、巡礼者がエルサレムという都をめざして旅をしているわけです。あちらへ、こちらへと、道は曲がりくねっていますが、エルサレムへ向かって上っていくわけです。エルサレムは山で囲まれているわけですから、ああ、あの山を越えたらもうすぐ、エルサレムだ。近づけば近づくほど、エルサレムの山々、これ等の山々は、エルサレムを囲む山々で、端的に言えば、主の臨在をあらわすのでありますから、神に向かって叫ぶのです。「わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、天と地を造られた主から来る。」わたしたちの助けは、天と地を造られた主から来る。わたしたちクリスチャンにとって、すべての助けは神様です。

最初の子供が生まれて、つづいて2番目の子供が生まれようとする時、当時謝儀が低かったものですから家内と話をしました。「大変だなあ! やっていけないことはないが、それにしても何とかならないものかなあ」と、産み月も近くなってくるし、父親としての責任が重く肩にかかって来るのでした。教会のうしろの部屋で、このためにお祈りをしました。「神様、間もなく子供が生まれて来るわけですが、今、親子3人で1万5千円で生活するのは精1杯であります。もう1人生まれますと、もう少し、負担がかかって来ますけれども、どんなものでしょうか。この子供のために何とかできないものでしょうか」いろいろ祈りともつかず、うめきともつかず、神様の前に祈っておりました。

その時でした。神様の御言が与えられました。それは詩篇の23篇6節の「わたしの生きているかぎりは、必ず恵みといつくしみが伴うでしょう。」という御言が与えられました。そして信仰によって勝利を得たのであります。「恵みと慈しみ」から、次女はいつくしむということばをいただきまして「慈子いつこ」と名付けました。そうだ神様が生活をたすけて下さる。文語聖書には「扶助たすけ」とあります。わが扶助は神から来る。わたしたちの、生活の一切の必要は、神様が満たして下さる。このことは、わたしたちにとって、はっきりしておかなくてはならないのです。この事がわたしたちに分からないがために、こちらに行き、あちらに行き、もつれにもつれるわけですね。

これから聖会も終わり、それぞれのところに遣わされて行くわけでありましょうが、わたしたちはそこにおいて、「わが助けはどこから来るであろうか、わが助けは、天と地を造られた主から来る」「主から来る。」なるほど、神様は、天からお札をヒラヒラと、落すわけではなく、またコインが、コロコロと落ちて来るわけではありません。あのところ、このところから、あの人、この人、あそこからここからというルートを通じて来るかも知れません。しかし、その根源は、主イエスさまです。「わが助けは、天と地を造られた主から来る」のです。すばらしいですね。わたしたちはきょう、恵みに恵まれて、ほんとうに「我ここにおるはよし」というような気持でありましょうが、帰って行きますと、そこはあるいは「荒野」かもしれません。しかし大丈夫です。「わが助けは、天と地とを造られた主から来る」という御言を持って帰られると「荒野にも水が湧き、砂漠にも川が流れ」て行くという生活が始まるんですね。

次をごらん下さい。「主は、あなたの足の動かされるのを許されない。あなたを守るものはまどろむことがない。見よ、イスラエルを守る者はまどろむこともなく、眠ることもない」今は立派なクリスチャン・ドクターになっているのですが、彼がまだ浪人時代のことでした。「先生、もういよいよ受験です。また落ちたら2浪になりますから」と真剣な顔で「先生祈って下さい。なにか御言を下さい」といって来たのです。その時わたしは、何か彼のためにいい御言はないかなあと祈った時、この御言を与えられました。「主はあなたの足を動かされるのを許されない。」「あなたは大丈夫だよ、イエス様はあなたの足をすべらないように守って下さるから、この御言を握って受験してごらん。大丈夫だよ、合格するよ」彼は見事に合格しました。

これは単なる話ではなく、わたしたちの人生において、いざないの日にわたしたちを守って下さるお方で、頼りになる伴侶者があるということです。わたしはクリスチャンになって嬉しいことがいくつもありますが、その中のひとつは、イエス様がわたしを守って下さることです。有名な「最後の晩餐」の絵が描かれた時のエピソードを御存じでしょうか。最初イエス様の顔を描こうとした時、いろいろとモデルを捜して歩きました。とうとう苦心の末、ある教会の聖歌隊に、美しい天使のような少年をみつけました。そして、彼をモデルにして、イエス様の顔を描いたというのです。そして次々とキリストの弟子達の絵を描き、後に残るのは、主イエスを裏切ったあのイスカリオテのユダだけになり、ユダのモデルになる人をまた何年も捜し歩いたのです。捜しても捜しても、なかなかそれにふさわしい人は見つからない、悪い人間も多いようですけれど、ユダにピッタリという人間は、なかなかみつからなかったというのです。ところがある所で、これぞユダのモデルにふさわしい人だ、と思う人を発見したのです。その人にお願いしました。「どうぞ、わたしの所に来て、モデルになって下さい」とお願いしますと、その人はしぶしぶやって来ました。そしてその人を描き進んで「あっ」と思わず叫んだ。その人は、かってのイエスさまのモデルだったのです。

愛する兄弟姉妹!「わたしは大丈夫ですよ」「わたしは誘惑に勝ちます」「わたしは強い」と、わたしたちには言えないのです。どんな人も言えないのです。しかし、たった1つ「わたしは大丈夫だ」と言えるとするならば、それは「主がわたしと共にいて下さる」「主がわたしの内にいて下さる」時なのです。わたしは弱い、しかし主は強い、という時にわたしたちは「大丈夫」だということができるのです。「主は、あなたの足の動かされるのをゆるされない」今回、わたしはショッキングな話を聞きました。ある団体の先生が、とうとう第一線から消えて行ってしまった。それは、罪のいざないに負けてしまったということです。わたしたちの周りにいる、あの兄弟、あの姉妹は大丈夫だというけれども、ほんとうに大丈夫でしょうか。

しかし安心して下さい。今回、この聖会において、あなたがイエス・キリストを受け入れられた。あなたが聖霊に満たされた。そうするならば、あなたの内にいますキリストは、「あなたの足の動かされるのをゆるされない」のです。その次のことばをごらん下さい。「見よ、イスラエルを守る者は…」このところに何度も何度も出て来ることばがあるでしょう。それは「守る」ということばです。守って下さるというのです。他ならぬ神ご自身が、あなたに対して「わたしはあなたを守ります」「わたしは、あなたを助けます」といわれるのです。「わたしは、あなたの足のすべるのをゆるさない」とおっしゃって下さる。これは神様の宣言なのです。このことを思う時、わたしたちはどうなりますか。もう修養会が終った、さあ帰るんだ。ああ武者震いがしますよね。わたしもかって開拓伝道時代に出張した時、牧会の様々な事から離れていましたから、博多駅に帰り着いて、タクシーに乗ろうかと駅の玄関口に立つ時、もう一度つばを飲むような思いがしました。さて教会へ帰れば何が待っているのだろうか、と思うのです。あるいは皆さんの中でも、そのような思いをもたれる方が、ひとりやふたりはいるかもしれません。しかし「主は守る」とあります。血潮をもって贖い、わたしたちを受け入れて下さった主は「あなたを守るよ」と言って下さる。わたしはこのことばを聞く時に、こんなに「守るよ」「守るよ」「守るよ」と言われたら、わたしの信仰は、この御言によって安心し、気持はのびのびしてくるのです。

主はどのような出来事の中にも「あなたは大丈夫だよ、わたしが引き受けるから。面倒なことが起きても、なにもかもわたしが引き受けてやるから、大丈夫だよ」との主の御言を信じ、感謝いたしましょう。かつて、わたしにとって使徒行伝は難解な書物の時代がありました。他の所は読めても、使徒行伝は何か神秘的な話が1杯出て来るでしょう。だから、なかなか理解できなかったのです。今は、使徒行伝は、一番おもしろいと言ったらいけませんが、興味つきない書です。その内容は、非常にドラマチックですね。その内容を見ますと、主の大宣教命令を受けた弟子たちが聖霊に満たされて出て行くんです。最初は、わずか120人の祈祷会から始まるわけです。ペンテコステの日には、バプテスマを受けた者が、3千人。その次は5千人、そしてその次には御言をどんどん読んでゆけばわかることですが、御言には「増々多くの人々が信じるようになった」としるされている。そして次には、次にはというように、どんどん神の御業がすすんでいる。困難がなかったのでしょうか。反対がなかったのでしょうか。迫害はなかったでしょうか。いいえ、次から次とやってきました。しかし「あなたの足の動かされるのをゆるされない」。「天と地との造り主なる主よ」と使徒行伝4章にありますけれども、その困難なときに天からの助けによって、教会は困難に打ちひしがれるのではなく、困難を乗り越えて、困難に打ち勝って進んで行くのでありました。

今日、わたしたちにとって嬉しいことは、「わたしは、あなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ、あなたはわたしのものだ。」と言われる主が、あなたと共に行き、あなたに勝利を与える、と言われることです。嬉しくないでしょうか、どうですか。わたしは嬉しいです。皆さんも嬉しい顔をしていらっしゃいますね。本当なんです。わたしたちがこれから行くところは荒野かもしれない。そこには困難が待っているかも知れない。けれども助けがあるんです。滑らないんです。「出ると入るとを永遠に守る」という約束があるんです。それを体験するんです。嬉しいですよ。これからの生涯は荒野にも道がある、砂漠にも川が流れている。福岡に遣わされた時のことです。あのころは28才でした。(今は42才にまもなくなろうとしていますが)それまで四国の高松で伝道していたわたしですが、高松から福岡にうつる時、なかなかおもしろいことがありました。若く未熟なわたしは、先輩の恩師の下にいて、その先生とあまりうまくいかなくて「神様、わたしは悩んでおります。神様どうにかして下さい」と、来る日も来る日も悩んで祈っていました。

クリスマスが来まして、そうだ、わたしは自主独立でやろうと思いました。お祈りし、クリスマスの礼拝説教をおえた時、「わたしは、これでこの教会を失礼します。今から、わたしは自分で開拓伝道をします。皆さんお世話になりました」。そしてわたしはいい気持になって「すべてを捨てて、従いまつらん、わがすべてにます王なる主イエスよ」、あの歌を独唱しまして、それでは「さようなら」と言って意気揚々と出て行きました。ある1軒の家を借りまして、「高松中央教会」という大きな看板を出しました。そして自分は開拓伝道をするんだ。もうこれ以上人間的なごちゃごちゃした軋轢あつれきの中にいると自分のたましいまでも変になってしまいそうだ。自分はもっぱら救主のために生きるんだ、とスタートしました。

ところが教団委員会から呼び出しを受けましてね、おそるおそる出かけて行きました。いろいろな経緯は省きますけれども「君は九州の福岡に行け」と言われました。今、男が「高松中央教会」なんて大きな名前をつけて看板を上げたばかりです。わたしも背水の陣ですよ。どこからもサポートもなく、とにかく、自分でやらなくちゃならなかったのです。「男は1度は勝負する」とありますけれど、1生懸命、必死の決意でやっておりました。そこで呼び出しをうけて「福岡へ行け」「行きません」「行け」「行きません」「行け」…。そのやりとりを続けている時、ついに伝家の宝刀、「日本イエスの教職は従えー。従えないようなやつは教職ではない!」と言われました。自分もやる気でやっているのに、ちょっとやそっとのことではゆずれないと、がんばっておりました。次々言われるものですから、ずっと下を向いておりました。ふっと目を上げた時、「行け」と命令する先生の目に涙があるのを見ました。涙ぐんで-それを見た時、ただ教団の人事のゆきがかり上で、わたしを向うへ行かそうとしているんじゃないのだなあ!このわからない、無鉄砲な若い伝道者のために、涙をもって、祈りをこめて、忠告してくれるんだなあ!

わたしはこの時、じーんときましてね、それでも「はい、すぐ行きます」とはゆきがかり上、すぐには答えられませんでした。ただ、その時「それじゃ、また祈らせていただき、返事させていただきます」と言って帰りました。また、「横田君、君は従いなさい。君がここで従うことができるならば、君の今からの伝道者生涯において神に従った者として、神の御言に従えと信徒にいうことができる。君は信仰をもって大胆に従いなさい」との本田弘慈師のアドバイスもありました。先輩の諸先生の言葉は、祈りと愛のこもった言葉でした。そして昭和38年2月に行きましてね、九州へ。最初の1ヵ月は単身赴任で行きました。わたしたちが行って間もないころ、長島先生が来て下さってね、特別伝道会を開いても誰も来てくれないんですよ。宣伝もやり、路傍案内もやりました。「笛ふけどおどらず、胸打てど悲しまざりき」で、誰も来ないなあ!

長島幸雄先生も、わたしと一緒に太鼓をたたいて路傍案内に回って下さったんです。困難はどこにもあります。苦難はどの世界にもあります。信仰はその中にあって勝利するものです。開拓伝道の孤立無援かと思われた時、主に祈りました。神様はお約束の御言を下さったのです。それはわたしたちのこれからの伝道のため、大きい希望と勇気を与える神の御言でありまして、以後この御言は、困難や苦難の日のよりどころとなりました。

「見よ、我新しきことをなさん、やがて起るべし、汝ら知らざるべけんや我荒野に道をもうけ、砂漠に河をつくらん」 (イザヤ43・19)

本当にわたしたちの前にはね、助けになるものは何もなくても、天と地を造られた神は、わたしたちを助けて下さる。当時福岡教会の献金が1ヶ月8千円与えられ、それは家賃8千円の支払にちょうどでした。本部より3年間、月々牧師給1万5千円と伝道費5千円を送って下さる。伝道すれば赤字、しなければまた赤字。そう言うところを経験させていただきましたが、神様の約束は変らない。福岡開拓伝道は10人足らずの人数、6帖2間の借家から出発しましたが、だんだん人数が増えてきました。その頃ある未信者の方が狭いわたし共の家に1泊されました。

-クロス王が神に用いられたように-その方は感動されて「この庭の空地に30万円献げますから、会堂を建ててはどうですか」。思いがけないことばで嬉しかったのですが、何分、借地借家ですから無理だろう、と思いました。しかし天のお父様に祈りました。何度も祈って、祈って、家主に相談に行きました。家主は言いました。「横田さん、まことに言いにくいことですが、あなたのご希望に添いかねます」と。一生懸命祈って行ったのに-。

これは神様のお働きだから、神の働きであれば妨げることはできない。たとえ、家主であろうとも、神様がここに建てさせるということであれば、妨げることはできない。「神様なんとか」と言って、お祈りして来たのに、「横田さん、あなたの希望に添いかねます」という返事とは。これを聞きたくないばかりに、早天祈祷会や、徹夜祈祷会でも、一生懸命祈ってきたのに……。このことばを聞いたときに、「ああ、来るものが来てしまった」と思ったと同時に腹がすわって、「まことに、そのお気持はよくわかりますが、御迷惑を決しておかけしません。もう一度考えてみてくれませんか」「それでは座敷にお上がり下さい」「転勤がありますか」(牧師ですから嘘はいいません)「あります」「その時はどうしますか」「どこにおっても、わたしはとんで来て、その責任をとりますから」「そうですか、考えてみましょう」

それからまた、祈りがつづき、ついに時が満ちました。「どうぞ建てて下さい」OKが出た時、喜びと興奮のあまりわたし共は一晩眠れなかったですよ。今は、もうその会堂もまる10年経ちました。その後、油山シャローム礼拝堂が与えられました。そのプレハブよりも何倍も大きい建物がたっております。けれども、最初の、その感動、感激は、今も心の中に残っています。愛する兄弟姉妹、これは伝道者の小さな体験だけではないのです。これは、みなさんにとって事業の問題、子供の問題、家庭の救いの問題、皆様の人生の様々の問題に対しても、同じように、「わが助けは、どこから来るであろうか。」「わが助けは、天と地を造られた主から来る。」わたしたちはだめなのです。わたしたちは弱いのです。しかし、天も地もすべての権威を、み手の中にもちたもう主イエス様が、わたしたちと共にいまして、わたしたちの内にいまして、わたしたちを助けて下さる。だったらどうしましょう。わたしたちはビクビクしないで、力に満ち、確信に満ち、神様の栄光のために生きるべきではないでしょうか。

その後、シャローム礼拝堂も建設し、つづいて昨年8月のことでしたが、ちょうど新聞を見ていました。「神様、わたしたちの教会はできました。どうぞこの九州全土に福音を宣べ伝える教会として用いて下さい。日本イエス・キリスト教団が、福岡の地に、博多の町に伝道したその目的は、九州全土に福音を満たすためでした。その目的のために、まず第1の拠点として福岡に伝道しました。わたしたちの教会も、ビジョンをもって進むように」……。わたしは、そのような祈り心をもちながら毎日、新聞を見ていたのです。どこを見るか、不動産の情報を見るんですね。それを見ておりますとね、山林2563坪とでているんです。ああ、これは神様が備えて下さった土地であろうか。やがてわたしたちには、伝道のための訓練や、そういうような施設をつくっていくためには土地が必要である。ああ、神様はこれを備えて下さった。それで、早速役員会を開き、そしてこの事を知らせた。

役員の人たちは、先生やりましょうとも、止めましょうとも言わなかった。しばし成り行きをみておりました。沈黙が続きました。「神様の御意ならば、これを受けとめていこうではありませんか。いかがでしょうか」というと、お金は全然ないが「やりましょう」と、もう一度立ちあがった。そして今は、その山林2563坪を主のために購入できました。わたしは思います。神様はいつも小さい人間を用いて、神様の御旨を進めようとなさる。ですから、たんなる偶像の神を信じるのではなく、わたしたちを選んで、わたしたちを贖い、わたしたちをとことんまで見離さない、全能の、愛の神様を信ずるのですから、大きい信仰、大きいビジョンをもって、従って行こうではないですか。

今、皆さんが、聖霊に満たされて、これからなすべきことは何でしょうか。あなたは今、帰っていってすべきことは何でしょうか。まず祈ること、祭壇を築くことです。修養会の豊かな恵みの中に、この祈りの空気の中におるわたしたちでありましょうが、帰って1番にすることは、アブラハムが行くところ、行くところに、「祭壇を築いて主の名を呼んだ」とありますように、皆さんが帰っていったところで、祭壇を築き、祈ることです。神との交わりがはじまるということです。御言に生きることです。そして、あなたが真のキリストの証人として、他の人々にキリストを証しして行くことではないでしょうか。「ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして御子のみならず万物をも賜わらないことがあろうか。」ですから、一切の扶助は神からくるんです。あなたを守って下さるんです。あなたは滑らないんです。「出ずると入る。」生命を守ると約束されている。信じようではないですか。

このすばらしい主の御言をつかんで行こうじゃないですか。……という話、……だそうだ、じゃ駄目です。この御言を、自分のことばとして、この香登修養会の終りのことばとして、遣わされる前の神様の保証のことばとして、ぐっと信仰をもって、受けとめて、行こうではありませんか。そうすると氾濫の業、奇跡がおきますよ、嬉しくなりますよ。「あらっ、あらっ、わー本当や」このように起きてくるんですよ。本当に起きてくるんです。「証しをして下さい」「証しをして下さい」と言わなくても「証しをさせて下さい。みなさん、こうですよ」と言わざるを得ない。あふれる恵みの生涯が始まるのです。どうか121篇を受けとめて下さいね。

お祈りしましょう。わたしたちは、このあふれる恩寵を、今心の中にそのままうけとめて感謝しようじゃありませんか。祈りましょう。

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