〔4〕 福音に燃えよ ( 7.13/2006 )
わたしには、ギリシヤ人にも未開の人にも、賢い者にも無知な者にも、果すべき責任がある。そこで、わたしとしての切なる願いは、ローマにいるあなたがたにも、福音を宣べ伝えることなのである。わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救いを得させる神の力である。(ローマ人への手紙1章14節-16節)


ローマ人への手紙、1章を読んでいただきました。このローマ人への手紙というのはご存じのように、パウロがコリントの町から遥か離れましたローマの方を見上げ、心をその方に向け、彼の信仰、祈り、情熱を傾けて記したのが、このローマ人への手紙でございます。彼が復活のキリストにお会いしましてから、時は流れましたが、彼の信仰が細々となって行くのではなくて、年を重ねるたびごとに、彼の中で燃えていたものが、より強く燃えてきていたのです。彼の心の中に何が燃えていたのかと言いますと、今読んでいただいておわかりかと思いますが、「福音を宣べ伝えたい」というのが、彼の願い、祈り、情熱だったのです。彼が復活のキリストにお会いして以来、彼の心の中には、ひと時も消えることなく、益々熱く燃えていたのがこれなのです。

今読みましたが御言の中にも、こう記しておりますね。「わたしは、ギリシヤ人にも、未開の人にも、賢い者にも無知な者にも、果すべき責任がある…すべて信じる者に、救を得させる神の力である」彼の中に燃えていたものは、何とかして福音を伝えたい、イエス様の十字架を伝えたいということでした。彼はその一事のために一生を費やした人間だったのです。

このローマ人への手紙を書いた当時の世界と言われているのは、ローマ帝国とその周辺でしたが、彼は小アジアの方はすでに福音で満たしたと理解していたんです。あと残っているのは、まだ彼が訪れてないところのローマ帝国、当時の世界のど真ん中、そこにわたしは福音を宣べ伝えたい。もうわたしには、帝国の東の方には宣べ伝える所はないんだ、わたしはローマに伝え、そしてローマを経て、当時の世界の西の果てであるスペインに、福音を宣べ伝えたいんだと彼はローマ人への手紙にのべているのであります。「今では、この地方にはもはや働く余地がなく、かつイスパニヤに赴く」ローマ15・23

九州は火の国と言われているんですね。四国は青い国とか、JRのCMで言われますけれども、九州は火の国です。すなわち、火山があるわけです。非常に九州は火山が多いわけでありますが、桜島っていうのがありますね。御存じのように、今でも爆発しているんです。鹿児島の人は大変不自由しております。なぜかって言うと灰が降って来るからです。わたしが鹿児島に行きました時、ほこりがワーッと舞ってるんです。観光客にとりましては、桜島がドカーンと音を立て、煙がモクモク上がるのを見ますと、「ああ、いいなあ。来て良かった」と思うんですが、そのところに住んでる人々は洗濯物が外に出せない。作物には被害が出るわけなんです。

幕末の勤皇の志士、平野国臣が桜島を見て、歌った句をご存じでしょう。「わが胸の燃ゆる思いに比ぶれば煙は薄し桜島山」っていう歌です。あのパーッとですね、天にまで届くような、あの煙を見ながら、胸の内に燃えている日本への思い。この日本のために生きようと思っているこの思いに比べれば、桜島の煙、あれはまだまだ薄いよ、と詠っているわけですが、パウロは実に、桜島のあの噴火どころじゃない燃える情熱があった。「わたしには燃えるものがある。それが世界宣教だ。イエスキリストの証人として燃焼し尽くすことであった」と言っているんです。このように、彼は福音宣教のために燃え、祈り、そして命を賭けたわけですが、彼はコリント人へあてた手紙の中に、このようなことを記しております。コリント人への第1の手紙、4章11節〜13節迄です。

「今の今まで、わたしたちは飢え、かわき、裸にされ、打たれ、宿なしであり、苦労して自分の手で働いている。はずかしめられては祝福し、迫害されては耐え忍び、ののしられては優しい言葉をかけている。わたしたちは今に至るまで、この世のちりのように、人間のくずのようにされている。」

ここにパウロの生涯を見るような思いがいたしますね。わたしたちは、聖書を読んでパウロ先生のイメージっていうものを、それぞれ作ってるわけですが、伝道者パウロ、情熱に燃え、今日のビリーグラハム師のように、何千、何万という多くの人を前にして大説教をしているすばらしい姿を、ともすれば想像しやすいのですが、コリントの兄弟姉妹にあてた手紙には、彼の今の生活を記して、こう言っているんです。「今の今まで、わたしたちは飢え…。」

木田先生がギリシヤ語のテンス(時制)の話をされておりましたが、ここのテンスは、やはり現在形ですね。過去の話じゃないって言うんです。「わたしたちは、今、飢えている」って言うんです。そして、「わたしはかわいている。裸にされている」ボロを身にまとっているって言うんです。今、わたしは新しいネクタイをし、そして、1応整った服装をしておりますけれども、パウロ先生の服装は、ここのところでは、わたしはボロを身にまとっているという意味なんです。「先生はいつも高級品を身に付けておりますね」とパウロ先生の所にやって来て、言うことは誰もできなかったんです。彼自ら、ボロを身にまとっていると言っているんです。そして彼は続けて言います。「打たれ、宿なしであり」っていう言葉ですね。これは家がないっていうことです。ホームがないって言うんです。主イエス様は「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらするところがない。」(マタイ8・20)と言われましたが、パウロは宿なし…ホテルがないとかいう意味じゃない。足を長く伸ばし、枕を高くして眠る家を持たないっていうんです。わたしはこういう所を読みます時、この偉大な伝道者が、どんなに不自由な生活をしていたんだろうかと思うんです。

わたしたちは、ともすれば、外へ出て伝道した時、「ああ、家に帰ってゆっくりしたいなあー」と思うけれど、パウロは家に帰ってゆっくりしたいなあと思うその家を持たないっていうんです。続いて見ていただきたいのですが、「苦労して、自分の手で働いている。」誰か大金持ちのスポンサーがいるわけじゃない。彼の手は節くれ立ち、マメができ、ひび割れし、ごつごつしたそのパウロの手は、伝道のために、また自らの生活のために、動かさなくてはならなかった。「はずかしめられては祝福し、迫害されては耐え忍び、ののしられては優しい言葉をかけている。」何てすばらしいことでしょうか。はずかしめられて何が出て来るか、さげすまれて何がわたしたちの内から出て来るか。ここの御言によるならば、偉大なキリストの僕パウロは、はずかしめられて、その相手に対して祝福が出て来た。パウロに対する人々のこのような言葉、このような仕打ち、このような悪意に対して負けてない。悪をもって悪に報いず、善を持って勝利した人間であったのです。はずかしめられては祝福を祈って来た。迫害されてはそこに彼はじっと耐え忍んで来た。

ののしられたらどう言いますか。「あなた少し変ね」と言われたら、「そういうあなたはどうですか」と開き直るのがお互いかと思いますけれども、ののしられた時、その言葉に対して優しい言葉が出たというんですからいいですね。神様の御霊に満たされた器とは、どういうものであるかっていうことを、見る思いがいたします。「わたしたちは今に至るまで、この世のちりのように、人間のくずのようにされている。」わたしたちは思い違いをしているんです。パウロ先生だから何処へ行っても「先生、先生」そして、歓迎、歓迎、そしてかしずかれているのかと思うと、確かに、パウロ先生を尊敬し、お仕えするところの信徒もいたでしょう。しかし、それとは全く違い、さげすみ、誤解し、冷たくあしらい、やっかい者のようにパウロ先生を取り扱った人達も決して少なくなかった。しかし、パウロの中に燃えている福音宣教の情熱は、そういうような嫌味、冷たい仕打ちによっていささかも冷えることはなかった。その中にあってこそ、彼の内にある福音宣教の情熱は燃え続けていったんです。これが本物ですね。御霊に満たされたっていうのは、ある特定の場所、特定の時に、パーッと燃えて終るのではない。環境の如何にかかわらず、むしろ環境を乗り越えて進んで行くのが御霊の恵みではないでしょうか。

今、コリント第1の手紙をご覧いただきましたが、同じようにコリント第2の手紙の第11章をご覧いただきたいのです。このところに彼は自分の生涯をまとめて記しております。11章の23節から

「彼らはキリストの僕なのか。わたしは気が狂ったようになって言う、わたしは彼ら以上にそうである。苦労したことはもっと多く、投獄されたことももっと多く、むち打たれたことは、はるかにおびただしく、死に面したこともしばしばあった。ユダヤ人から40に1つ足りないむちを受けたことが5度、ローマ人にむちで打たれたことが3度、石で打たれたことが1度、難船したことが3度、そして、一昼夜、海の上を漂ったこともある。幾たびも旅をし、川の難、盗賊の難、同国民の難、異邦人の難、都会の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢えかわき、しばしば食物がなく、寒さに凍え、裸でいたこともあった。なおいろいろの事があった外に、日々わたしに迫って来る諸教会の心配ごとがある。」(コリント第2、11・23-28)

彼の伝道者としての生活を振り返った時に、「わたしの生涯というのはこんなものだ」と、あの事、この事と、ここに数え上げております。「誰かが罪を犯しているのに、わたしの心が燃えないでおれようか」、苦しい事があったからと泣き言を言っているんじゃない。このように、次々にやって来る困難、苦難を数え上げながら彼の内に燃えている福音宣教の情熱がそれで消えるのか、と言えばそうではない。消えない。「わたしの心が燃えないでおれようか」と言っている。だから、もし彼のその心を消そう、情熱を阻もうとして、あの手この手とやったとするならば、かえってそのようなものは火に油を注ぐようなものであったのです。「わたしの心が燃えないでおれようか」。ですから彼が福音に命を懸けているっていうのは、美しい言葉じゃなくて、本当の姿だったんです。毎日毎日の彼の福音宣教が、生命の注ぎだったんです。

使徒行伝を見ますと、このパウロ先生を紹介した一文があるんです。全教会と会議し、パウロとバルナバを遣わすところがあるんですが、その時派遣先に宛てた手紙の中に、2人の事をこう紹介しています。「このふたりは、われらの主イエスキリストの名のために、その命を投げ出した人々である…」(使徒15・26)福音のために命を投げ出した人々であると言っているんです。彼をこのように、キリストのために狂った生涯、困難な中にも燃え続けて行く、どのような反対の中にもひるむことなく、突き破って進んで行く、あの福音の情熱が、何のゆえに燃え続けたんだろうか、その秘訣は何でしょうか。わたしたちはそれを知りたいですね。同じクリスチャンですから。主イエスキリストをわたしは主として信じている、そしてわたしは献身している、わたしは伝道者のひとりである。そうするならば、わたしの生涯をいい加減な生涯で終りたくない。いい加減なクリスチャンで終りたくない。肉に属するクリスチャン、妬みや争いで生涯を費やしたくないじゃありませんか。イエスキリスト様が尊い代価をもって贖い取って下さったわたしたちであるとするならば、その召しに生涯応えて行く、その働きの量は如何であれ、その本質において、同じように生涯が燃えて、そして終りたい。そう祈りたいですね。

パウロの燃え続けていた秘訣は、何だろうかということを、わたしは聖書を通して示されたことでありますが、その1つは「はっきりとした召命」なんです。召命感が確立してたんです。これは、パウロという偉大な使徒だから燃えているんじゃなくて、パウロだから燃えているんじゃなくて、もし、全てのクリスチャンが血をもって買われたということが何のためであるかということをはっきりと知ったならば、燃えざるを得ないのです。イエス様が12人のお弟子をお選びになりましたね。お選びになる前はどのようなことをなさいましたか。徹夜の祈りをなさったと記されております。12人のお弟子を選ぶ。誰でもいいから選ぶっていうわけじゃないでしょうが、祈りつつ祈りつつ、気が付いたら、もう東の空が明るくなって来たっていうんです。選んだそのたましい、そのお弟子、それは、みそばに置くためであった。教育するためである。訓練するためである。それだけではない、そのお弟子をまた、派遣するためだと書いてありますね。

「さてイエスは山に登り、みこころにかなった者たちを呼び寄せられたので、彼らはみもとにきた。そこで12人をお立てになった。彼らを自分のそばに置くためであり、さらに宣教につかわし、また悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。」(マルコ3・13-15)

わたしはクリスチャンになる前はいい加減な人間で、最初に福音に接した時もそうなんです。真剣そのものの接し方じゃなかったんです。ここに高松新生教会の唐渡先生がいらっしゃいますが、唐渡先生がまだ信徒の時でした。四国のある街角で、太鼓と提灯を持って数名の方々が路傍伝道をしていたのです。瀬戸の夕凪で家の中は暑くておれないものですから、わたしは友人と一緒にブラブラしている時でした。その路傍伝道集会もいよいよ終ろうという時、1人の司会者が、「皆さん神様は光です。光なる神様を信じて行く人生は明るい。光に背を向けて行く人生は暗い。その光から遠ざかれば遠ざかる程、人生は暗くなって行きます。皆さんの中に、今日、祈って欲しい方はいませんか。手を挙げて下さい」と言うのをわたしは聞いたのです。その時、わたしは「そうです。司会者よ、わたしはそのように明るい人生を送りたい。わたしは神様を信じたい。どうぞわたしを助けて下さい」といって手を挙げたんじゃないんです。生意気盛りの17才の少年と言いましょうか、その時、聞きながら「ああやってるなあ」と思っていました。一所懸命、頭も白髪混じりの方ですがそのおじいさんが一所懸命やります。わたしたちの郷里の言葉に「わやくる」という言葉があるんですが、皆さんおわかりでしょうか。唐渡先生だったらわかるんですけど、「わやくる」すなわち、「ちゃかす、バカにする」っていう意味です。

わたしは招きの言葉を聞いた時に手を挙げたんです。求める心じゃない。ちゃかして、バカにして、挙げたんです、手を。ところが誰も手を挙げないんです。ただ1人、わたしはそういうような気持ちで手を挙げたのに、下ろすに下ろせなくなって来て、ばつが悪く、それで一緒に散歩していた友人に、「君も挙げろ、君も挙げろ」ということで、その友人もやっとのことで手を挙げてくれますと、何人かの方が手を挙げてくれたんです。それでわたしはすくわれたんです。やっと収まったわけなんです。その時どんなお祈りをされたか記憶はありませんが、推測はつきます、「どうぞ、手を挙げたあの人々の上に、主よ、救いを与えたまえ。どうぞ、神よ、手を挙げた主を求めている若者に、壮年に、学生に、救いを与えたまえ」と、真剣に祈られたに違いない。その方が祈り終った後に、わたしの心には、不真面目な気持は消えていました。「イエス様を信じて行こうかなあ」というような気持になりました。そうしますと、こちらにいらっしゃる唐渡青年(今より随分若い30年位前の頃ですけど)がわたしのところにやって来ました。そして警察官よろしく、メモ帳を手にして、「お名前は? おところは? お齢は?」と聞いたんです。職務尋問っていうのがありますけれど、わたしはきかれた通り答えました。わたしはその夜聖書を買いに行きました、本屋に。そうして、小さい詩篇付きの聖書を買い、同じ位の讃美歌を買いました、なるだけ小さいのを。やめる時には都合のいいように、被害が少ないように、1番小さいのを買って帰りました。それがわたしのキリスト教へのアプローチでした。最初の出会いだったんです。不真面目な態度でした。

わたしは最初からわかったわけではありませんが、教会に、キリストの御前に、導かれて行くにつれて、はっきりしたことは、このキリストのために生きるんだ。わたしを愛し、わたしのために命を捨てて下さったキリストのために、この小さい、愚かな、本当にだらしのない人間でありますが、主の御手に献げたんです。わたしは嬉しいんです。こんな駄目な人間でも、イエス様は捕えて下さっただけじゃない、イエス様のために生きる喜びを与えて下さった。ある人は、1人の女性のために、家を捨て、親を捨てて、高飛びします。あるいは何か名誉のために、あるいは金のために…。それは悪い事ばかりじゃないと思います。しかし、イエス様の栄光のために、キリストの福音のために…命の捨て場所が与えられるのですね。わたしはこれを見つけたのです。「横田よ、お前はこれ以外に生きられない。このために生きよ」と神様が召して下さり、このために生きる喜び。わたしはこの事を若い人達にも言うんですよ、「僕は嬉しい」、命の捨て場所、生き喜び、わたしはこの1事のために生きる人間とされた。イエスキリストにお出会いさせていただかなければ、しがない一生を送ってると思うんですよ。

自分の古い生涯は、今言いましたように、いい加減な所がありますから、人が真面目にやってるのに「わやくってやれ」と思って手を挙げるような人間ですから、もし、キリスト様の救いがなかったならば、親を泣かせ、また、結婚したら、妻を泣かせ、そして子供は「わたしの父は尊敬できません」なんてわたしの事を言うに違いない。そのような人生を送る者なんです。パウロ先生と比較したりしたら余りにも勿体ないです。しかし、わたしも同じように、

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。」(ヨハネ15・16)

イエス様が選んで下さったのです。この修養会の最後まで残られた方、あなたがたにも「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。」とキリスト様があなたを名指しでお選びになられているんですよ。そしてあなたはイエス様の御栄えのために、教会のために、人の救いのために、証しのためにお立て下さっているんですよ。パウロはそれがわかった。最初はクリスチャンを嫌い、クリスチャン達を捕えて殺すような人間でありましたけれど、復活のキリストにお会いして以来、彼はキリストの最も忠実な弟子になったんです。使命の問題ですよ。クリスチャン生涯が水際立たないのは、神様のはらわたがわからないで生きているから、フラフラしているんです。キリストの愛、キリストのわたしを愛して下さる愛、そしてわたしを選んで下さった御目的がわかって来た時に、その使命に生きて行くんです。律法でなく、押し付けでなく、嬉しくて感謝して生きて行けるんですよ。

キリスト教では結婚式の時に、皆するでしょう、聖書の交換を。わたしも皮表紙の聖書を買いまして、結婚する相手の人にプレゼントするわけです。わたしはその時にこう書きました。何て書いたか興味あるでしょうか。愛する方に生涯使っていただく聖書に、皆さんだったら何て書くでしょう。わたしは、「もはや己のために生きず」と書いたんです。わかっているでしょう、後は。

「自分のために死んでよみがえった方のために生きる。」「そして、彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである。」(コリント第2、5・15)

この生き方です。「もはや己のために生きず。」自分のために生きたって知れたものですねえ。人生自分を喜ばせたって知れたものなんです。しかし、わたしのために死んでよみがえっていて下さる偉大なキリスト様のために生きる。死に場所、目的、生き甲斐、わが情熱はキリストですよね。パウロ先生の燃え続けて行くもう1つの理由は何だったんでしょうか。彼がしたためた手紙を見ますと、こう書いております。第2番目は「キリストの愛」なんです。パウロも
「キリストの愛がわたしたちに強く迫っている。」(コリント第2、5・14)

神の愛が強く、強く迫って来ているから、もうじっとしておれないと言っているんですよ。丁度、先週は、わたしたち日本イエスキリスト教団の中国教区に属する青年たちが、九州の阿蘇山へ行ったんです。阿蘇国立青年の家に集まったのです。約百人程、そしてその所で、若者達は皆燃えました。キリストの愛が若者の心に迫ったからです。誰がわたしのために死んでくれますか。「わたしはあなたを愛しています」と言ったところで、わたしの本当の姿を知った上で、知らせた上で、「わたしはあなたを愛しています」と言うことのできる人間が、どれだけいるだろうか。いや、いないだろうと思うんです。麗しき誤解をして、「ああ、素敵だ、あの人はいいねぇ、いかすよ」と言って心が燃えて「愛してます」なんて言いますが、わたしたち自らを顧みる時に、罪、汚れ、どろどろしたものしかないんです。しかし、主は、汚れた罪人である我々のために命を捨てて下さった。最も貴い命を、かけがえのないものを捨てて下さった。わたしたちのために。パウロは、キリストの十字架を思う時に泣けて来たんです。彼の心は、キリストの愛のゆえにもうじっとしておれないような圧迫を感じたんです。彼はもう、体をそのところにじっと置いておくことができない。どうしてでしょうか、パウロは神の愛に迫られたんです。十字架の愛がわかって来たんです。我さえ愛していて下さる神の愛が。

ですから、このガラテヤ2・19-20の御言に続いて何とありますか。「わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって生きているのである。」と書いてありますね。我をも愛し、わがため、命を捨てて下さったお方、神の愛に彼は泣けて来た。神の愛に彼は心が張り裂けるような思いだったんです。

パックストン先生は、「毎日毎日あなたがたは、聖会をしなくてはならない。1日の初めに、あなたの心を神の愛で満たしてもらいなさい。そして、そこから1日をスタートしなさい」と言われましたが、神の愛、キリストの愛、我に迫れり。神の愛を思う時にじっとしておれない。わたしもクリスチャンになって早天祈祷会に通いました。信徒時代に朝6時からだったんですが、ある朝何人か集まって、次から次にお祈りするわけですが、わたしの番が回って来て、「天のお父様」と祈りかけた時、わたしの目の前に、3本の十字架が立ちました。言うまでもなく、あのカルバリの丘の上に立てられた十字架、1本はイエス様、両側には強盗の十字架です。わたしの目の前にその光景が浮かんで来た。それと同時に「カルバリの十字架、わがためなり」あのキリストの十字架は他ならぬ君のためよ、と聖霊はわたしの心に語り続けて下さった。もう声を出して祈ることはできない。キリストの愛が迫って来たんです。わたしは、それ迄教会に来はじめて1年位は、感情が燃えたり冷めたりするような時がありました。しかし、その十字架の愛が迫って来てから、わたしはもうそのように、上がったり、下がったりすることがなくなったんです。キリストの愛が迫って来た。愛は大水も消すことができないんです。本当に嬉しいことです。

福音宣教への情熱が燃え続けた、第3番目の秘訣は何でしょう。ローマ人への手紙1章16節をご覧下さい。

「わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。」(ローマ1・16

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