〔8〕 神に喜ばれる信仰 ( 7.14/2006 )
さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。昔の人たちは、この信仰のゆえに賞賛された。信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉で造られたのであり、したがって、見えるものは現れているものから出てきたのでないことを、悟るのである。信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。神がお移しになったので、彼は見えなくなった。彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたからである。信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自身を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。
(ヘブル人への手紙11章1節―6節)

キリスト教は、信仰に始まり信仰にいたるのでございます。しかし残念な事の1つは、信仰という事が、ある意味においては聖書を勉強すること、あるいは教会のグループに参加する事とか、あるいは奉仕活動にせっせせっせと出かけて行く事に、すり替えられるという事があるのではないかと思い、わたしどもの教会においてもそうあってはならないと、自分自身気をつけております。イエス様の時代にも、やはり信仰のある人もいましたが、また、逆に不信仰な人もございました。「汝の信仰は見あげたものだ」とイエス様が言われましたし、また「何と不信仰な時代よ」とイエス様が嘆かれたと聖書は語っています。

今お読みいただきましたヘブル人への手紙には、信仰というものがどういうものであるかを語っております。エペソ人への手紙の1章をちょっとお開きいただきましょうか。では16節からお読みいたします。「わたしの祈のたびごとにあなたがたを覚えて、絶えずあなたがたのために感謝している。どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、知恵と啓示との霊をあなたがたに賜わって神を認めさせ、あなたがたの心の目を明らかにして下さるように、そして、あなたがたが神に召されていだいている望みがどんなものであるか、聖徒たちがつぐべき神の国がいかに栄光に富んだものであるか、また、神の力強い活動によって働く力が、わたしたち信じる者にとっていかに絶大なものであるかを、あなたがたが知るに至るように、と祈っている。」ここにはパウロ先生が祈っている祈りの内容が書かれています。その中の1つに、「神の力強い活動によって働く力が、わたしたち信じる者にとっていかに絶大なものであるかを、あなたがたが知るに至るように、と祈っている」。すなわち、神を信じる者に働く所の、神様の御力がどんなに偉大なものであるか、どうぞ知ってくれるようにというのが偉大な使徒パウロの、祈りの1つであったのです。

どうぞ、神様を信じる者に、神様の偉大な力が惜しみなく顕わされるようにと、これが神の僕の祈りでございます。すなわち、今日わたしたち神を信じる者が、神の力強い力を、その働きを、わたしたち自身の生活の中に体験する事が大切だと教えているのであります。信仰というものは、ただ単に信仰告白をおうむ返しにするものではありません。聖書を見ますと、信仰は、静的な、静かなものというよりは、非常にダイナミックなものと、とらえているのです。ですから聖書には、「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる。」神様を信じる生活の中には、敗北とは関係がない、信ずる者には力がある。これが、わたしたちが手にし、日ごと、愛読している聖書のメッセージであります。

ですからヘブル人への手紙11章2節には、「この信仰のゆえに賞賛された」と信仰の勇者達の生涯が記されておりますが、どの信仰者も、ボンヤリ、あるいは無能で、望みなく死んで行ったというのではなく、その時代その時代に、神の御心に適って、すばらしい働きをしているのです。また、このヘブル人への手紙が書かれたのは、迫害のただ中でありましたが、その迫害のただ中に生きているクリスチャンに、信仰というものは命があるもの、信仰というものは、力を与えて行くものであると教え、11章の中の特に33節をごらんいただきますと、「彼らは信仰によって、国々を征服し、義を行い、約束のものを受け、ししの口をふさぎ、火の勢いを消し、つるぎの刃をのがれ、弱いものは強くされ、戦いの勇者となり、他国の軍を退かせた。」信仰によって、神の恵みによって信じるお互いは、敗北だとか、絶望だとか、困難の中で打ちひしがれた心のままで終わるのではない。また、クリスチャンお互いが、小さい所で少人数の者が、肩を寄せ合って細々と生きて行くのではない。この御言によるならば、信ずる者にはどんな事でもできる。「国々を征服し、義を行い、約束のものを受け、ししの口をふさぎ、火の勢いを消し、つるぎの刃をのがれ、弱いものは強くされ、戦いの勇者となり、他国の軍を退かせた」この所にみる信仰は勝利ですね。イエス・キリストを信じます、というその信仰は、世の何ものをもってもわたしたちを打ち倒す事のできない勝利の命を手にしている事なのです。

ハンナ・スミスという御婦人が書かれた有名な本がありますね。「幸福な信仰生活の秘訣」という本です。その冒頭に、このハンナ・スミスさんは、ある種のクリスチャンは、頭痛持ちのようなクリスチャンだといっています。頭痛持ちというのは困った事ですね。ああ、頭が痛い! そういう時にはニコニコはあんまりできないですね。こう眉毛と眉毛がドッキングするようにですね、だんだん近づいて来る。そうすると皺が横皺でなく縦皺の方に変わっていくわけです。頭痛持ちのような顔しながらクリスチャンが、「それでは皆さん神様信じましょう。すばらしいですよ」なんてですね、言ったところで人は信じません。わたしたちが愛読している神の御言は、「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる」。信仰というものは、ダイナミックなもの、革命的な業をわたし自身の中にして下さり、わたしたちを通して福音の働きを進めて下さるものであると教えているのです。さて、特に11章の6節「信仰がなくては、神に喜ばれることはできない」という事でありますが、この6節を見る限りにおいて、わたしたちはその信仰の内容が2つ書かれているように思うのです。その第1は、「神に来る者は、神のいますこと」、これを信じる。「神がいます」、これは勝利の、また、ダイナミックな信仰の基本であります。

「神が在います」、この集会所のただ中に「神が在す」。わたしの置かれている所の教会に「神は臨在なしたもう」。わたしが今住んでいる家庭のただ中に「神在す」。この信仰は何をもたらすのか。わかりきっている、勝利です。モーセが、ミデヤンの野で羊飼いをしておりましたね。彼はかつてパロの顔を恐れてエジプトから逃れたのです。しかし、神はモーセに尊い使命を与えました。エジプトの地で、悩み苦しんでいる民を導き出せ、もう一度連れ出せよと使命をモーセに与えられたわけです。そして「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたを遣わしたしるしである」。その時モーセは言いましたね。出エジプトの3章でありますが、その所に、「神様、わたしはエジプトに行きますが、何という神様の権威のもとでおまえはやって来たのか、あなたの神様の名前を知らせてくれと、そう言われた時にわたしはどうしましょうか」。その時に神様は答えて下さった。

「我は有りて在る者」、“I am that I am”もともと神の名のヤーウェという意味は、「存在する」という意味ですね。有るようでないのではない、有りて在る者、すばらしい事と思いますね。ないものによって遣わされていくのではない。たとえ、エジプトの地で困難にあおうが、人々がモーセに聞かない時があろうが、大丈夫、「有りて在る神」がモーセと共に在す。今日わたしたちは、あの事この事のために、ある問題のために、あるいは悲しみのために、有りて在る者だと言われる神様を見失ってはいないだろうか、伝道の壁があまりにも厚すぎる、そして厚い壁ばかりを見るために、ここにおいで下さる神様を見失っているのではないでしょうか。

あるいはわたしに辛く当たる人の顔が大きく見えて、神様の御顔が見えなくなっているのではないだろうか。ここに、神に来る者は、神のいます事、神様がいないんじゃない、神様が山の向こうの方に行っているのでもない、宇宙の果てにいるのでもない、「神様はここに在す」これをしっかり信じるのです。イエス様が弟子達に舟に乗って向こう岸に渡りなさいと言われました。弟子達はガリラヤの湖を舟に乗って渡っている時に嵐に遭いますね。弟子達はもうこれで終わりかと思ったんでしょう。彼等は本当に困っていたわけです。その時、イエス・キリスト様がいらっしゃったのです。あのドラマチックな場面でありますが、近づいて来られたイエス様はこう言われました。「しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない」と。

「心安かれ、我なり、恐るな」、このイエス・キリスト様の御言の「わたしである」という意味は、「わたしがいるよ」わたしが存在するという事で、このことがわかれば問題は解決する。弟子達は、イエス様は山の頂上にいらっしゃり、わたしたちだけがこの舟に乗って嵐のために苦しんでいる、ああ大変だ、死ぬかもしれないと思っている。しかし「わたしである」、わたしはここに存在するよ、とイエス様はお言葉をかけて下さった。わたしたちはしばしば嵐のために主の存在を忘れる事があります。しかし主は変わらず存在していて下さる。この家庭の中に、問題を持っているその職場に、その事業のただ中に、神は存在する。

あの主の弟子達はどうでしたか。弟子達はユダヤ人を恐れて、居る所の戸をピシャッと閉めていた。しかし、その中にイエス様がいらっしゃったのです。「弟子達主を見て喜べり」と書いてあります。「イエス様がいらっしゃる」という事は、人間の心と、考え方と生活が変わってしまう事なのです。さて、次を見ていただきたいのは、「神がいます」という信仰がダイナミックな生活をわたしたちにもたらすというだけでなく、もう一つ大切な事は、御自身を求める者に報いて下さるということです。案外クリスチャンになりたての時はね、よくお祈りするんです。そして神様は本当に答えて下さると信じてるんです。ところがどういうわけか、暫くたつとお祈りを軽く見ているんじゃないかなあ、と兄弟姉妹の生活を見て思うのです。しかし、この所の御言を見ますならば、神は神を求める者に報いて下さる。エリヤは言いましたね、「火をもって答える神を神とせよ」と。神様は本当に答えて下さるのです。聖書を読みます時に、「わたしの名によって求めなさい、そうすれば与えられるであろう。そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう。」(ヨハネ16・24)お祈りしても駄目ですよという所は見つかりません。求める所に神は応答するという約束があるのを忘れてはいけないんです。神を軽んじてはいけません。ある意味においては、神様のこんなすばらしいお約束をわたしたちは馬鹿にしてるんじゃないかなと思うことさえるのです。神様の方が本気で求める者に応えようと言われているのにかかわらず、「応えて下さるのかなあ」という程度で終わってはいないかと反省するのです。

先日、再臨待望のテープを聞いておりました。そうすると、司会をされていた森山先生がこんな話をされていました。小原十三司先生をご存じの方が多いとは思いますが、かつて小原十三司先生が、ある1人の伝道者に言われた言葉です。この伝道者はですね、あちらこちら遣わされるけれど一向に実を結ばない、言うならば本当に力のない伝道者のようでありました。困りはてていたわけなんです。そして小原先生の所にその方がやって来たのです。小原先生はこの伝道者を見て、「君、君はイエス様を信じてこの方、お祈りに応えられたという体験があるかね」と聞いた。そしたらその伝道者はしばらく考えていたそうです。そして彼は「ありません」と。それを聞くや否や小原先生は、「1から出直しだ!」、こう怒鳴ったというんです。神様が、祈りに応えて下さると約束していて下さるのに、祈りの体験を持たないで何を伝えるんだろうか。「1から出直しだ」。この夜お集まりの皆さんの中に、もし、お祈りが応えられた体験のない人があるなら、祈ってみることをお勧めいたします。

わたしは昭和38年福岡に行きまして、すばらしい先生にお会いいたしました。その先生は大濠公園教会の牧師をされていた先生なんですが、若い駆け出しの伝道者のわたしにですね、いつもいつも会うたびごとにこう言ってくれました。「横田先生、あなたはこの福岡で伝道していくんだけれどもね、祈って、祈って、祈っていくんだよ」と。その先生は愛の方で、何かかにかとめんどうをよく見て下さったわけでありますが、わたしは忘れられないんです。「祈って、祈って、祈っていくんだよ」という言葉が。困ったことも、あるいはつらいことも、あるいは行き詰まりと思われるようなことも、わたしたちの生活には訪れてきます。あってはならないと思うようなこともやはり起きてきます。しかし、「祈って、祈って、祈っていくんだよ。奥さんとね、心合わせて祈るんですよ」というお言葉を、わたしは聞きました。その先生は実に祈りの人でした。本当にわたしは教えられました。福岡へわたしが遣わされる時、当時のわたしどもの教団の伝道局長は長島幸雄先生でした。わたしどもの福岡教会というのは、教団が初めて自主的な計画のもとに開拓伝道した最初の所です。ところが福岡教会はですね、大勢の人々の祈りと期待に反するような状況だったわけです。ですから教団の方としましても、この福岡教会をどうしたらいいものだろうかといろいろな面で考えていたようです。摂理のもとに、わたしが遣わされることになりました。

その時、伝道局長はこう言われました。「福岡教会へ遣わすけれども、3年で自給しなさい」こういうのが申し渡しでした。わたしの神学生時代に舎監をしておられました、そしてこの前まで校長をされておりました向後昇太郎先生が、その教団総会が終わった時、「横田君、ちょっとちょっと」とわたしを呼ぶんです。「君、3年間で自給と言い渡されているけど、大丈夫か。今のうちに無理なら無理だと言わないと大変だよ、君」と言われましたが、「はい、しかし、やってみます」とこうわたしは言いました。「大丈夫か」、「大丈夫か大丈夫でないかは知りませんけれども、神様が遣わして下さるんですから、とにかく、そのようにやりたいと思います」。神様の憐れみによってですね、それができました。行く時に、3年間生活費として月に1万5千円、伝道費として5千円、教団より援助して下さ事になり、祈って送り出されました。当時の教会の献金は8千円ございました。集会人数は、10人ちょっと切るぐらいでした。そして家賃が8千円でした。年間にして6万円の伝道費は、夏の天幕伝道のために投入しておりました。わたしの牧師給は、教団から3年間援助され、毎月送って来ていただくわけで感謝な事でしたが、教会そのものはですね、8千円の献金で8千円の家賃を支払う。これで維持費、伝道諸経費等はどうしたらいいのか。伝道したら赤字になる。伝道しないでも赤字になる。どうしようもない、そういう状況でした。

その時に、それこそ、今の話じゃないですが、「祈って、祈って、祈りぬくんだよ」と教えられた先生のお言葉に、大きい励ましを受けました。本当にその通りです。そうして、じっとしていても赤字なんですから、またじっとしていても人はやって来ないんですから、わたしのやれる事、(わたしは路傍伝道から教会へ導かれた人間でございますから、わたしの伝道は、ある人達のように恰好いい伝道などは到底できない)、わたしのできる伝道は、「昔とった杵柄」、路傍伝道で救われたんだから、路傍伝道で大きい声で叫ぶぐらいのことしかできないと思いまして、家内が6か月の赤ちゃんを背中におんぶし、そして2才の子供の手を引いて路傍伝道に行きました。信徒が手伝いに来るわけじゃございませんから、わたしが提灯を持って、ちょっと時代めいておりますけれども(笑)、大きな太鼓―今ごろのようにエレキギターでも弾けたらいいんですが、そんな能力は全然ありませんから―大太鼓をドーン、ドーン、ドーンとやることしかできません。それだけはできますから、それを持って、そして讃美歌の紙をうしろの板べいに貼りまして、ドーン、ドーン、ドーンとやる。家内が「さくら」になって前に立ってくれるわけです。(笑)で、わたしが司会と説教と、もう全部やるわけですが、独唱までやっていました。その時、誰も聞いてくれないんですけれども親子4人でやり続けていますと、筋向こうの方に古本屋がありまして、その古本屋の奥さんが、「ほーっ」と言って顔を出して、―博多の町でですね、路傍伝道をやるわけですが―「ほう、いい歌だ」、博多弁で「もういっちょ歌っちゃんなっしぇい」、こういわれましてね。そうしたらわたしはいい気持になりまして、また「いつくしみ深き」を歌う。

わたしはその時に、誰も聞いてくれない路傍伝道でありますけれども、祈りをこめて神様の前にやる限りにおいて空しくは地に落ちないと信じました。本当にそうです。祈っていく時に神は応答して下さると信じました。3年目に自給ができたんです。ハレルヤです。それだけじゃない。借地借家の開拓伝道の教会でしたけれども、その隣に空地がございました。そこに会堂まで建ったのです。その時は、ちょうどわたしの家内の兄が仕事の関係で全国大会があるということで博多にやって来ました。わたしども夫婦は、土曜日にやって来た兄に連れられてですね―こちらが案内すればいいんですが、お金もそれほどないもんですから案内もできませんが―兄に連れて行ってもらうような感じで夜の町を案内して帰って来た。そして兄に2階で休んでもらいました。次の日は日曜日です。6帖2間には夜の間にじゅうたんが敷かれ、40人程のパイプ椅子がびっしりと並べてある所で、日曜日の朝、早天祈祷会を2人でしておりました。和室の6帖と板の間の6帖をまっすぐつなげば広くなるんですけれども、昔の家ですから、そううまい具合にできておりません。横に向けたような6帖と縦向きの6帖でありますが、そこで、わたしたちは早天祈祷会を開き、祈っていました。兄は、朝になって、トントントンと2階から降りてきて、妹夫婦が祈っているのと、部屋いっぱいに並んでいる椅子を見て、庭を回って、祈りが終ったころを見計らってやって来て、「お前達、ここへ集会所を建てさせてもらってはどうか」と言った。「バラックでもいいんじゃないか」(6帖2間ではこれ以上収容は無理とみて)そう言ってですね、「わたしはお前達のために30万円出そう」、その当時の30万円はちょっとした値打ちがありましたがね、それを献げよう。「そうですか、ありがとうございます」。そして役員会にはかりましたら、役員会も大喜びでした。しかしある人は「地上権ができるもん、誰が建てさせますか」という人もありました。しかし「やりましょう。祈りましょう。御心にかなうことを求めるならば、神は求める者に応えて下さるお方です」と言ったのです。

「祈りましょう」、本当に祈りました。地上権の事はわたしにもわかっています。そんなにチョッコラチョイと建てさせるものですか。あとで痛い目に遭うんですから。そして家主さんの所へ行きました。ここへかくかくしかじかで建てさせていただきたいんですが、どうでしょうか。「考えときましょう」という返事でした。そしてその家主の方は、弁護士さんに相談しました。そして、わたしはまた返事をもらうために行きますと、こう言われました。「横田先生、誠に申し訳ないのですけれども、あそこへお建てすることを許可するわけにはいきません」。わたしは、その「ノー」という言葉を聞きたくないばかりに1所懸命早天で祈り、徹夜祈祷会でも祈ってきたのに、出てきたのは結局は「ノー」という言葉。ああ、これを聞きたくなかったのに。その時に、すでに与えられていた御言が今1度語られたのです。「わたしは神である。わたしがおこなえば、だれが、これをとどめることができよう」(イザヤ43・13)神様が教会をお建てになるのに、家主でもですね、止めることはできないという御言をいただいて信じてこんなに祈ってきたのに、ああ、とうとうだめだったのか。ここで退いてはいけない。いうならば、聞きたくない言葉を聞いてしまったんですから、もう開き直って、家主の方に、「よくわかりました。そういう気持はよくわかりました。だけど、ご心配しているようなことはわたしたちは絶対いたしませんから」と言うと、「転勤の時にはどうなりますか」「役員によく言っておきますし、たとい転勤していても、必要な時は飛んで来ますから」「もう一度考えましょう」。そして1週間後に「イエス」という返事に変わったんです。

わたしたち夫婦はですね、もう興奮して朝迄とうとう嬉しくて眠れなかったですよ。ある人達はこう思うかもしれない、「なんだ、あの庭にちっぽけなプレハブの礼拝堂を建てる位がなんだ」。しかしね、それができ上がった時、わたしたちは嬉しくて嬉しくて。今はその礼拝堂よりも、それこそ10倍くらい大きな礼拝堂が与えられておりますけれども、その10倍くらい大きい礼拝堂が建つのも嬉しいに違いないでしょうが、祈りに応えて下さった最初の礼拝堂ができた時にはもう感謝で感謝でたまりませんでした。家主さんは献堂式の日に紅白饅頭をたくさん届けてお祝いして下さいました。先ほどの、「祈って、祈って、祈りぬくのよ」と言われた、その先生に、そのことをお話しましたらね、「よかったね。あなたが祈って、そういうようにできたことはね、やがてまたその建物が壊れていくかもしれないし、またあなたが転任でどこかへ行くかもしれない。しかし、神様が祈りに応えて下さったという事は、生涯あなたから離れないよ」と言われました。愛する皆さん、これはわたしの体験を話していることでありますが、またこれだけがわたしの体験ではありませんが、神様の前にわたしたちが座りこむところに、サタンは退き、神様は御手をおしみなく伸べて下さるのです。

皆さん、わたしたちはあまりにも祈らない。祈る前にもう諦めている。もう投げ出している。神様の働く余地がないまでにわたしたちは不信仰に陥っているのではないでしょうか。小原先生があの伝道者に「一から出直しだ!」と言われましたけれども。皆さん、神様は在います。確かに在います。そしてその神は、あなたの叫びを聞いて下さる。ハガルの叫びにさえも、ハンナの涙にも神は応えたではありませんか。わたしたち、血をもって贖われた神の子供達の叫びを、神は退けるお方でしょうか。パンを求めるのに、神は石を与えると言っているでしょうか。魚を求める者に蛇を与えると言っているでしょうか。わたしたち、イエス様の尊い命をもって買い取られた神の民の叫びを、神は聞いて下さるのです。

今日、皆さんにわたしがお伝えしたいことは何でしょうか。神様は生きているんです。何もない所にボールを投げたらどうですか、そのボールはずうっと向こうへ飛んで行って帰ってこない。しかし、ここから、あの壁に向かってボールを投げたら、「ホッ、パッ」「ホッ、パッ」とキャッチボールができるわけです。壁があるからです。わたしたちが祈る時に、神は全能の御手をもって、本気で聞いて下さる。「火をもって答える神を神とすべし」とエリヤが言いましたが、わたしたちは今日、もう一度、純真な、素直な、そうして単純な信仰をもって神は応えて下さると信じて行きましょう。「神に喜ばれる信仰」とは何か。「神様がいます」そしてそれだけではない、「御自身を求める者に、神は本気で答えて下さる」ということです。こういうお方様を持っているのにどうしてわたしたちは乏しく、問題を持ち、そして悩み苦しみの中に留まるべきでしょうか。祈りましょう。求めましょう。教会のリバイバルのために、自らのために、またこの国のために、祈りの手を上げつづけようではありませんか。

「モーセが手を上げているとイスラエルは勝ち、手を下げるとアマレクが勝った」(出17・11)神はモーセのように「あなたの手を上げよ」と語っておられるのです。

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